初代自筆の履歴書
初代自筆の履歴書
東京物理学
東京物理学

明治39年(1906)に新築された神楽坂新校舎

 

金光教深江小教所(大正10年10月)
金光教深江小教所(大正10年10月)
お広前(大正10年10月)
お広前(大正10年10月)
金光教布施教会正面全景 昭和28年 布施市長堂1-93
金光教布施教会正面全景 昭和28年 布施市長堂1-93
昭和初めの頃
昭和初めの頃

初代夫人(前列右から2人目)と婦人会・青年会の面々(村上スミ)

前列左 布施教会 村上定次郎初代教会長

前列中央 難波親教会3代教会長

前列左 村上寛子4代教会長

初代帰幽(昭和35年8月13日)
初代帰幽(昭和35年8月13日)
初代教会長奥城建立(平成10年)
初代教会長奥城建立(平成10年)
創立者胸像除幕(ピロティー前)
創立者胸像除幕(ピロティー前)

中学校で教鞭をふるっていた明治15年(1882)生まれの村上定次郎は、重い肺結核を患ったが、松岡小三郎伏見教会長の導きで大阪の難波教会に入所し、近藤藤守教会長のもとで修行にはいった。明治43年、28歳のことである。

 

初代村上定次郎に関して、

学園名「進修」の由来にも続く

初代村上定次郎の人助けと人育ての道足跡
初代村上定次郎の人助けと人育ての道足跡.pdf
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